日本脳炎 と 日本脳炎予防接種


 (1).日本脳炎とは


 日本脳炎は、コガタアカイエカ(以下、蚊)によって媒介される日本脳炎ウイルス(以下、日脳ウイルス)により起こる感染症です。
日脳ウイルスは、ブタの体内で増えます。日脳ウイルスを保有する蚊に刺されたブタを他の蚊が刺すことによって、その蚊は、日脳ウイルスを保有し次々に感染を広げることになります。(人〜人の感染はありません)

 不顕性感染(罹っても症状が出ない場合)が多く、感染者の100人〜1.000人に1人が発症し、感染後1〜2週間して、発熱、倦怠感などの症状が現れます。けいれん、意識障害がみられる重症な脳炎は、感染者の1.000人〜5.000人に1人くらい発生するといわれています。致死率は約15%で、約50%に後遺症が残るといわれています。
 日本の患者数は、昭和41年の2.017人をピークに減少し、現在は西日本で年間数人みられるくらいですが、平成18年、熊本県で3才の男児が日本脳炎にかかり、後遺症を残しています。日本脳炎は、発生率に地域差があり(西日本>東日本)、岩手県では昭和45年に30代の成人が1名発生したのが最後です。この年の全国の日本脳炎患者数は145名でした。
 東南アジア〜南アジアが流行地域です(世界的には年間3〜4万人発生)。

 脳炎の患者さんは殆ど見られなくなりましたが、髄膜炎の患者さんは、けっこういるようです。夏季に発生する原因不明の髄膜炎には日本脳炎が原因の場合もあるという学者もいます。が、日脳ウイルスによる髄膜炎の発生状況は不明です。

 患者数が激減した日本脳炎ですが、多くの地域のブタが日脳ウイルスに感染しています。また、前述したように不顕性感染(罹っても症状が出ない場合)が多いため、知らない間に蚊に刺されて感染することもあり、常に、発病の心配があるため、厚労省は、外出の際は、夏でも長袖、長ズボンを身につけるようにし、蚊に刺されないよう注意を促しております。



 (2).日本脳炎予防接種について


@.目的、必要理由:
 日本脳炎には特効薬がなく、ワクチンが唯一の防御手段です。日本脳炎は、人〜人の感染はありませんから、自分自身を守るため(個人防衛)のワクチンです。

A.効果:
 日脳ワクチンは不活化ワクチンであり、単回接種では効果が永続しないため、複数回接種する必要があります。幼児期に3回、学童期に1回(以前は2回)接種することにより、十分な免疫が得られ、効果の高いワクチンと評価されています。日脳ワクチンの普及により、日本では、患者数は激減しました。

B.副反応:
 一般的な副反応として、接種後から翌日にかけて、発疹、じんましん、発熱、倦怠感などが見られることがありますが、2〜3日で自然に軽快します。よく、問題とされるのは、ADEMといわれる副反応です。

 ADEM(急性散在性脳脊髄炎)は、ウイルス感染後やワクチン接種後に、数日〜2週間で、稀に発生する神経系の病気です。(原因不明の場合も多いです。)
 症状は、頭痛、発熱、悪心、嘔吐、意識障害、精神症状、けいれん、などの脳炎症状を主体とする場合と、下肢麻痺、感覚障害、排尿障害などの脊髄症状を主体とする場合があります。予後良好で、殆どの場合、回復していますが、運動障害などの神経後遺症が約10%見られるとの報告もあります。

  麻疹などのウイルス感染後に見られるADEMは、年間約100例くらいの発生があると言われています。 

 ウイルス感染後のADEMに比べると、ワクチン副反応のADEMは少なく、厚労省は、日脳ワクチンによるADEM(疑い例も含む)の発生率は、70〜200万回に1回程度と報告しています。ちなみに、他のワクチンでは、風疹400万回に1回、インフルエンザ640万回〜1.000万回に1回という報告があります。

 ワクチン接種後にADEMが発生した場合、他のウイルス感染と重なると、どちらがADEMの原因かわかりません。そのため、ワクチンが疑わしいが決定的とはいえない場合が多く、“疑い例”とされることが多いです。



 (3).二種類の日本脳炎ワクチン


 日本脳炎ワクチンには、平成21年6月から接種が始まった新ワクチンと、それ以前から接種されている従来ワクチンの二種類あります。

 従来ワクチンは、日本脳炎ウイルスを感染させたマウスの脳の中で、ウイルスを増殖させ、ホルマリンなどでウイルスを殺菌し(不活化)精製したものです。精度の高いワクチンですが、微量ながらマウスの脳組織成分が残存する可能性があり、極めて希ではありますが、この成分によってADEM(急性散在性脳脊髄炎)がおこる可能性が否定できないといわれています。

 新ワクチンは、マウス脳の代わりにVero細胞(アフリカミドリザルの腎臓由来細胞)を用いています。マウス脳を用いたワクチンよりはADEM発症頻度が少ないとされていますが、マウス脳以外の細胞を用いたワクチンからでもADEMは報告されておりますので、全くADEMの心配がないわけではありません。

 つまり、従来ワクチンは、マウス脳を使用していたためにADEMが起きる心配があった。そこで、マウス脳を使わなければADEMの心配が少ない。というわけで、Vero細胞を用いた(マウス脳を使わない)新ワクチンが開発された。と言う経緯です。
 しかし、日本脳炎ワクチン以外のマウス脳を使用しないワクチンからでも、ADEMは報告されているので、新ワクチンだからといって、ADEMの心配が全くないわけではないです。
 
 では、なぜ、従来ワクチンと新ワクチンと2種類のワクチンを接種しているのかというと、厚労省は、次のように説明しています。

1.新ワクチンは供給量が少なく、定期接種対象者全員の必要量に満たない。

2.従来ワクチン接種後に新ワクチンを接種したことがないため、その場合の安全性が確認されていない。そのため、すでに従来ワクチンを接種している場合には、新ワクチンではなく、従来ワクチンを追加接種する。

 以上のような理由で、今年度は、従来ワクチンと新ワクチンの両方が接種されています。新ワクチンは今のところ供給量が少ないですが、秋頃からは増産される予定です。従来ワクチンは、新たには生産されていませんので、おそらく来年度からは新ワクチンのみが接種されるようになると思います。
 
 ただ、「従来ワクチン接種後に新ワクチンを接種したことがないため、その場合の安全性が確認されていない。」という事項につきましては、今後どのようにして安全性を確認するのか、厚労省は明示していません。おそらく今年度の新ワクチンの使用経験を参考にして安全性を確認していくものと思われます。



 (4).日本脳炎の現状と今後


【日本脳炎が少なくなった理由】
・住環境の変化(アルミサッシ等により、蚊が家の中に入る機会が減少)
・媒介動物(蚊)の減少(水田の変化、農薬の使用、よどみの少ない用水路)
・日脳ワクチンの普及と体力(免疫力)の向上

【日本脳炎が心配な理由】
・毎夏、日本国内では、日脳ウイルスを持った蚊は発生しており、多くの地域のブタが日脳ウイルスに感染している事が明らかになっています。
・東京都の調査では、従来ワクチンを接種しなくても抗体が検出される場合が多く見られております。小学校1年生では30%に、高校1年生では65%に、従来ワクチン未接種でも抗体が検出されています。
 このことからわかるように、知らない間に蚊に刺されて感染していることがあり、たまたま症状が出てないだけで、常に、発病の心配はあります。

【小児の日本脳炎の発生状況】
 平成18年、熊本県でワクチン未接種の3才男児が日本脳炎にかかり、後遺症を残しました。その後、西日本では積極的に接種を勧める小児科医が増えています。



 (5).今年度の日本脳炎予防接種要項


 平成21年6月2日、厚労省は予防接種実施規則の一部を改正する省令を通達しました。それによる今年度の盛岡市における日本脳炎予防接種要項は以下の通りです。


@.接種期間:平成21年6月2日〜平成22年3月31日

A.接種対象年令

  【第1期 接種対象年令:生後6ヶ月〜90ヶ月未満】
<標準的な接種期間>
第1期初回:3才〜4才 2回接種(1〜4週間隔)
第1期追加:4才〜5才 1回接種


注:6ヶ月〜3才未満、及び、6才〜7才半未満で、接種を希望する場合は日本脳炎実費免除申請書が必要ですので、窓口で申し出て下さい。

  【第2期 接種対象年令:9才〜13才未満】
<標準的な接種期間> 小学校4年生


注:9才以上〜小学校3年生、及び、小学校5年生〜13才未満で、接種を希望する場合は日本脳炎実費免除申請書が必要ですので、窓口で申し出て下さい。



★ 第1期初回から初めて日本脳炎ワクチンを接種する場合のみ、新ワクチンで接種します。第1期初回以外の場合は、従来ワクチンを接種します。


日本脳炎ワクチンを接種すべきかどうか?
迷っている方へ


 まず、【日本脳炎と日本脳炎予防接種】を読んでから、読んで下さい。
なぜ、日本脳炎ワクチンを接種する人が少なくなったのか?・・・それは、厚労省が「積極的勧奨を差し控える」通達を出したからです。

 平成16年、山梨県の中学生に従来ワクチン接種後、ADEMが疑われる症状がみられました。
 この中学生の場合、典型的なADEMではなかったようですが、単なる麻痺程度ではなく、一時的にせよ呼吸管理が必要なくらい重症であったことから、従来ワクチンとの因果関係が疑われました。しかし、ADEMらしい症状の原因が従来ワクチンによるものと、はっきりと断定できず、「厳格な科学的証明ではない。」とされました。つまり、ワクチンの副反応と決めつける根拠が見つからなかったということです。

 しかし、厚労省は従来ワクチンとADEMとの関連は明らかでなくとも、副反応を心配し(?)、また、日本脳炎患者数が激減していること、などから、平成17年5月30日、従来ワクチンの「積極的勧奨を差し控える」通達を出しました。

「積極的勧奨」とは、「病気にならないように、ワクチンを接種した方がよいですよ。と、勧めること。」ですが、これを「差し控える」ということは、「接種するかどうかは個人の判断に任せますよ。」と言うことです。

 一方で、厚労省は、「流行地域(朝鮮半島、台湾、中国、ベトナムなど)などへ出かける場合や、蚊に刺されやすい環境にある場合など、感染するおそれが高く、保護者が希望する場合には、予防接種の効果、副反応などにつき、医師の説明を受け、同意書を提出した上で接種することができる」としており、日脳ワクチンの必要性を認め、中止にするつもりはないようです。

 しかし、「流行地域」はともかく、「蚊に刺されやすい環境」とは、具体的にどのような環境を意味するのか全くわかりません。だいたい子どもが外で遊べば蚊に刺されるに決まっています。

「接種するかどうかは個人の判断」と言いながら、「日脳ワクチンの必要性を認める」と言う「玉虫色の言い回し」のため、医療現場では大きな混乱を招いてしまいました。

 このまま、日本脳炎患者が発生しなければ、あまり問題にならなかったかもしれませんが、平成18年、熊本県で3才の男児が日本脳炎にかかってしまい、後遺症を残しました。そこで、西日本の小児科医には厚労省の通達に反して積極的に日本脳炎予防接種を勧める人も出てきました。
 次第に日本のあちこちで、このまま接種を見送っていていいのだろうかと考える医師が増えています。
 
 日本脳炎予防接種についてはマスコミも取り上げています。
『日本脳炎予防接種を続行』(読売新聞:h20/7/26)をご紹介します。
記事の内容は以下の通りです。
・感染予防の視点から日本脳炎予防接種を続けることが不可欠。
・中断期間が3年以上と長期化し、免疫を持たない幼児が増えている。
・現行のワクチン(従来ワクチン)は来年分(平成21年度)も含めて、170万本しかなく供給が底をついている。
・西日本の幼児らへの優先接種や、ワクチンを受け損ねた子どもの対策。
・昨年度の接種状況は、3〜4才で1割前後まで減少。免疫を持っている率も、2割以下に落ち込んでいる。

 ADEMは、ウイルス感染後に時々見られることがあります。たまたまウイルス感染中にワクチンを接種すれば、ウイルスが原因か、ワクチンが原因か、どちらか判断出来ないADEMが、発症する可能性はあります。これは日本脳炎ワクチンに限らず全てのワクチンについて言えることです。

 私自身はウイルス感染後のADEMは診てきましたが、ワクチン接種後のADEMは診たことがありません。ワクチンが原因のADEMは極めて少ないと思っています。

 前述したように、知らない間に蚊に刺されて感染していることがあり、たまたま症状が出てないだけで、常に、発病の心配はあります 
 私は「予防出来る病気は、積極的に予防する」というのが基本的な考え方だと思っていますので、希望される方には、ためらわずに接種しています。