ステロイド外用剤は、アトピー性皮膚炎を初めとして、多くの皮膚疾患に使用されています。ステロイドは大変優れた良い薬です。しかし、その使用法を誤れば、いろいろな副作用がみられることがあります。これはステロイドに限ったことではなく、薬全般に言えることです。
ステロイドを上手に使うということは、十分な効果を引き出し、副作用が出現しないようにすることです。そのためには、まずステロイドをよく知ることです。なぜ必要なのか、上手なぬり方とは、副作用は、などについて理解を深めましょう。
ステロイドが良いとか悪いとかいろいろ耳にすると思いますが、ステロイドとはどんな薬でしょうか?詳しいことは知らなくてもかまいません。簡単なことだけ覚えましょう。
私たちの体では、副腎皮質という臓器から毎日一定量のステロイドホルモンが作られています(なんと!ステロイドは体内で作られているのです)。このホルモンは多くの炎症反応を抑制し、体の免疫バランスを保つように働いてくれます。ステロイドホルモンは、なくてはならない大事なホルモンなのです。
このステロイドを人工的に作ったお薬が、ステロイド薬で、注射、内服薬、塗り薬、吸入薬、点鼻薬、点眼薬などたくさんの種類があります。ステロイドの働きは抗炎症作用と免疫抑制作用です。他にもいろいろありますが、まずこの2つがわかれば十分です、
抗炎症作用とは、読んで字のごとし、炎症を抑える働きです。では炎症とは、なんでしょう。高熱が続いたりした時、病院で検査したら「炎症反応が高い」とかいわれたことないですか。例えば、けがをしたり、火傷をしたり、あるいは、カゼをひいたりしたとき、私たちの身体の細胞は傷つきますよね。その障害の原因を取り除いたり、汚れた細胞を片付けるような作用を抗炎症作用といいます。
障害を受けた組織は赤くなったり(発赤)、熱を持ったり(発熱)、むくんだり(浮腫)、いたくなったり(疼痛)しますね。これが炎症の状態です。火事で火が燃えさかっているようなものです。ステロイドはこの火を消して炎症を抑えてくれるんですよ。とっても頼りになる体のガードマンなのです。
もう一つの作用は、免疫抑制作用といって、体内で起きるいろいろな免疫反応を抑える働きです。
最初に免疫反応とアレルギー反応の意味について簡単にご説明します。人は外部から侵入してくる異物(例えば、細菌やウイルス)に対して免疫(抗体)を作り、異物を排除する働きを持っています。これが正常な免疫反応で、体にとってとても有益な働きをしてくれます。しかし、時として体にとって不都合な免疫反応を起こすことがあります。これがアレルギー反応です。
アレルギー反応のわかりやすい例を挙げますと、花粉症です。スギ花粉は決して私たちの体にとって有害なものではありませんが、免疫を担当する細胞が「スギ花粉は有害だから、体内に入れるな。」と間違って指令を出すために、本来は排除しなくてもよい花粉を排除しようとして、【花粉を、くしゃみで吹き飛ばす、鼻水で洗い流す、鼻づまりで中に入れないようにする。】という不都合な免疫反応を起こしてしまうのです。これがアレルギー反応です。
ステロイドの働きは、このアレルギー反応を抑えてくれることです。とってもよい働きです。しかし、アレルギー反応だけ抑えてくれればよいのですが、正常な免疫反応も抑える働きもあります。【免疫抑制作用=アレルギーを抑える+正常な免疫反応も抑える】というわけです。これがステロイドを使う時に注意しなければならないことです。
ステロイドの注射、内服薬を長期に使用すれば、必ず免疫抑制作用が見られるようになり、チョットしたカゼでも肺炎になったりしますので、なるべく短期ですませたいわけですが、免疫異常が原因の病気ではステロイドの注射、内服薬が長期に必要なこともあります。
アトピー性皮膚炎で使う外用剤(塗り薬)では、ステロイドの量も少なく、よほど変わった使い方をしない限り、まず免疫抑制されることはありません。ステロイドの抗炎症作用と免疫抑制作用はたいへん優れた作用ですが、ステロイドは両刃の剣です。医師の指示に従い正しい使い方をしましょう。
ということくらいご理解できれば十分です。
@.ステロイドは、アトピー性皮膚炎での炎症(赤み、かゆみ、じゅくじゅく、など)を、改善する薬ということを正しく認識することが大事です。
“炎症”とは、火事で火が燃えさかっている状態を意味します。この火を消すのが、ステロイド外用剤(以下、ス外剤)なのです。
A.ス外剤の基本的な使い方を理解しましょう。
ス外剤は、炎症(赤み、かゆみ、じゅくじゅく、など)を治す薬であり、アトピーそのものを治す薬ではありません。あくまでも対症療法です。従って、ピッカ、ピッカの皮膚にならなくても、ある程度炎症が改善されて、日常生活に支障がなくなれば、さしあたり、ス外剤の役目は終了といえます。
ただし、アトピー体質そのものが変わるわけではありませんので、また、炎症が再燃し、ス外剤が必要になります。ですから、ス外剤を使用するに当たっては、どのような時に、どのくらい使うのか、いつ止めるのか、そのような基本的なことをよく理解しておく必要があります。
@.強さ:ス外剤は、強さによって、1〜5群までの5群(1群:最強、2群:非常に強い、3群:強い、4群:おだやか、5群:弱い、)に分類されています(後述)。皮膚の薄い顔面や頚部(首)には、4群で十分です。体幹には、主に3群が使用されますが、皮膚の厚い手、足、臀部などでは、2群が必要です。乳幼児では皮膚が薄いため、大体3群〜4群で十分間に合います。つまり、体の部位、症状にあった強さのものを選ぶことが大事です。
副作用を心配し、<弱いものを漫然とぬっても効果はない>のです。
A.回数、量、範囲:回数は、原則として1日2回ぬります。1回では不十分ですが、回復期には1回でも十分です。範囲が広い時は指先だけでなく、手のひら全体で、病変部全体に、まんべんなく、おおいつくすようにぬります。厚くぬる必要はありません。うっすらと光るくらいで十分です。
チューブから押し出したときの軟膏の量の目安は下図を参考にして下さい。
大人の人差し指の先端から第T関節部まで5gチューブから軟膏を出すと、大体0.5gとなります。この量で大人の手のひら2枚分の面積がぬれます。
つまり、5gチューブ1本だと、成人の手のひら20枚分に相当します。ローションの場合、1円玉程度の大きさが大人の手のひら2枚分の面積に相当します。
お子さんにお母さんの手で2枚分の皮膚症状があったら1日2回ぬるとして、1日で2枚x2回=4枚、20枚を4枚で割ると=5日。ですから、5gチューブが5日間でなくなることになります。
B.期間:これが一番大事!
ス外剤は、必要なとき(炎症の強いとき)ぬるわけですが、ぬり始めると、3〜4日位で皮膚の赤みが少なくなってきます。どうも、このあたりでぬるのを止めてしまう方が多いようです。少し赤みが退けても皮膚をつまむと硬い感じがしませんか?。かゆみが残っていませんか?大体まだ赤みがあるでしょ?。特に、手、足、臀部のように皮膚が厚いところは、3〜4日位では治りません。
一般に、副作用を心配するあまり、ぬる期間が不十分な場合が多いようです。しかし、現実には、患者さん自身がぬる期間を決めることは難しいのではないでしょうか。そこで、まず、一定期間ぬったら、ス外剤の効果判定をします。通常は、1〜2週間くらいぬったら一度診察します。そして、皮膚の状態を診て次の治療方針を決めます。
ですから、チョットくらい良くなったかなと思っても、勝手に治療を止めず、きちんとぬり続け、必ず、次回の診察を受けるようにして下さい。責任を持って、ス外剤の副作用がでないようにス外剤の正しい使い方を指導します。
ス外剤を十分使用すれば、皮膚病変は改善してきます。軽症の場合は、ここで保湿剤に変更しますが、保湿剤だけの治療に変えると、すぐ悪化する場合があります。それは外見では湿疹は改善したように見えても、皮下(皮膚の下の組織)には、まだ、炎症が残存しているからなのです。つまり、【皮膚の表面は治っても、皮膚の中身までは治っていない】ということです。完全に火種が消えていないので、保湿剤単独の治療にしてしまうと、すぐ悪化してしまうわけです。
この【皮膚の表面は治っても、皮膚の中身までは治っていない】状態は、かなり長期にわたって続きます。そこで、ス外剤から保湿剤までの間をつなぐ中継ぎの外用剤が必要になってきます。これは、ス外剤ほど強くなくても十分ですが、しっかりと炎症を抑えて、長期にわたって使用できるものでなければなりません。そのような外用剤として使用されているのが、プロトピック軟膏、コレクチム軟膏、モイゼルト軟膏
(2才以上で使用可) です。
プロトピック軟膏、コレクチム軟膏、モイゼルト軟膏は、ス外剤と同様抗炎症作用を持つ外用剤です。ス外剤ほど強くはありませんが、ス外剤で見られるような皮膚萎縮、毛細血管拡張(いわゆる“赤ら顔”)といった副作用(後述)がありません。そのため、長期連用することができます。急性期はス外剤、落ち着いてきたらプロトピック軟膏、コレクチム軟膏、モイゼルト軟膏、さらに良くなってきたら保湿剤だけの治療というように段階的にぬり薬をかえていきます。
急性期の炎症(赤み、かゆみ、じゅくじゅく、など)が良くなっら、ス外剤は終了です。ここからは、プロトピック軟膏、コレクチム軟膏、モイゼルト軟膏を使用します。いつも悪化してくる部分に予防的にぬると効果的です。少しずつ外用の頻度を減らしながら、時間をかけて最終的には保湿剤単独の治療にへ移行していきます。
この様に、症状が出る前に予防的治療をすることを「Proactive療法」と言いいます。Pro(前もって)active(再燃)を防ぐという意味です。従来は、症状が出るのを待って治療開始する、「Reactive療法:Re(再び)active(再燃)」が中心でしたが、「Proactive療法」の方が効果がみられる場合が多く、次第に「Proactive療法」が主流になってきました。
ところで、なぜ、ステロイドは怖い薬といわれるのでしょうか。ネットなどでは、これでもかというほどステロイドを悪者にしている記事も見られます。どんな薬でも使い方を誤れば“毒”になってしまいます。ステロイドも同様です。なぜ、ステロイドを使うのか、どのくらい使うのか、いつ止めるのか、そのような基本的なことをよく理解せずに使えば、薬はいつの間にか“毒”になってしまいます。
車の運転でもスピードを出しすぎれば、必ず事故を起こします。それは車が悪いのではなく、車の使い方が悪いのです。ス外剤も同じです。ステロイドが悪いのではなく、使い方が悪いのです。
ス外剤でよく問題になっているケースは、【医者は診察せずに(皮膚を診ない、触りもしない)、薬(ス外剤)だけを処方する。患者は診察券だけ出し(診察を受けることなく)、薬(ス外剤)だけもらって帰る。】という場合が多いようです。こういう状況で症状がこじれてくると、「薬が悪い・・・。」となってしまうんでしょう。残念なことです。
きちんと診察し、正しい使い方を指導するのは医師の責任と思います。また、患者さんもきちんと受診し、指示通りに使うことも大事と思います。
さて、一番問題になる(関心のある?)副作用ですが、どんなものがあるのでしょうか。
主な副作用は、
@.皮膚萎縮(皮膚が薄くなり、傷つきやすくなる)
A.毛細血管拡張(血管が脆弱して、皮膚が赤くなる。いわゆる“赤ら顔”)
B.毛包皮脂腺の異常活性化(ニキビ、多毛など)
C.皮膚の易感染性の亢進(細菌や、ウイルスの感染にかかりやすくなる)
D.ごく稀に全身的副作用〜副腎皮質機能の抑制
@.〜C.の副作用は、局所的副作用といって、ス外剤が持つ本来の作用がいきすぎた状態です。簡単に言えば、使えば使うほど出現し易くなります。従って、ス外剤は弱いものをチビチビと長期に使うより、多少強めでも短期使用で、早めに切り上げる使い方の方が遙かに優れているということになります。
@.〜C.の副作用は、個人差が大きいですが、外用を中止すれば治ります。しかし、@.皮膚萎縮と、A.毛細血管拡張は治りにくいので注意が必要です。これらの副作用は顔や頚部に出現しやすく、他の部位に出現することはあまりありません。顔や頚部は皮膚が弱いため、4群のス外剤(キンダーベート、ロコイド、アルメタなど)が使用されますが、毎日ぬり続けても、大人で8週間、乳児(1才未満)で2週間くらいならまず心配ありません。
顔の副作用の初期症状は、出たり消えたりする赤みとしてみられます。‘潮紅発作’といって、温度差などの軽い刺激で顔が赤くなります。こういう症状がみられたら要注意です。副作用防止の一番大切なことは、こまめに経過観察し、その時々の皮膚の状態に応じた治療を行っていくことです。
D.は全身的副作用といって、体内のステロイドホルモンの生成が抑制されるためにみられる症状です。人間の体内にある副腎皮質という臓器はステロイドホルモンを作っています。体外から長期にステロイド剤を投与されると、この副腎皮質の働きが低下して、体内のステロイドホルモンが減少します。その結果、身長が伸びなくなったり、いろいろな感染症にかかりやすくなったり、骨や筋肉が弱くなったり、することがあります。
D.の全身的副作用は、内服薬や、注射では、長期間続けるとよくみられます。しかし、外用剤でみられることはまずありません。外用剤は、皮膚から体内に2〜2.5%吸収されますが、数日間で排出されて、体内に蓄積することはありません。大人の場合、3群のス外剤(ボアラ、リンデロンV、フルコート等)を、1日にチューブ2本(10g)を12週間ぬり続けても、副腎皮質の機能は抑制されません。しかし、何年も毎日ぬり続けると、これは保証しかねます。
また、外用剤の場合、内服と違って、ぬるのをやめると副腎皮質の機能は、速やかに改善します。ですから、常識的な使い方であれば、外用剤で副腎皮質の抑制がおこることはまずありません。外用剤は、内服や注射とは根本的に違うのです。
以上、副作用については、必要な時には十分ぬる。そして、定期的に受診して皮膚の状態を観察していけば、まず、心配することはありません。
ステロイドは、内服も注射も外用剤も、ゴチャマゼになってしまった感があります。確かに、内服や注射は、長期に使用すると副作用が出現し易くなります。
非常にかゆみが強いときにセレスタミンとか、ヒスタブロックとか、リンデロンというステロイド含有の内服薬が処方されることがあるようですが、このような薬を長期間飲み続けると、免疫力が弱まり、ちょっとした風邪でも重症な肺炎を併発することもあります。特別な場合は別として、このような薬は飲まない方が無難です。内服のステロイドは、入院するような重症のアトピー性皮膚炎は別として、子どもでは、まず、必要のない薬です。
一方、ステロイドの内服や注射が必要な病気は、いくらでもありますが、一般の人たちにそんなに詳しく知られているわけではありません。これに便乗し、ステロイド=悪い薬として、患者の弱みにつけ込む悪徳商法(アトピービジネス)が横行していることは誠に残念なことです。ステロイドは正しく使えば価値ある薬です。医師とよく相談して、ステロイドを上手に使いこなして下さい。
◆ ス外剤は“燃えさかる火を消す水”〜急性期の抗炎症剤として重要な役割。
◆ ス外剤のぬり方には、コツがある。〜十分な強さ、回数、量、範囲、期間、が必要です。
◆ ス外剤の副作用を防ぐには、こまめな経過観察が大切。〜定期的に受診しましょう。
◆ 症状が軽くなれば、外用剤も軽くなる。〜ステロイド外用剤→プロトピック軟膏・コレクチム軟膏・モイゼルト軟膏→保湿剤
◆ 症状がおさまっても、予防的治療は大切〜Proactive療法
薬効 | 商品名 |
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1群:最強 | デルモベート、ダイアコート、ジフラール |
2群:非常に強い | トプシム、リンデロンDP、マイザー、ブデソン、テクスメテン、ネリゾナ、ビスダーム、アンテベート、フルメタ、パンデル |
3群:強い | ボアラ、ザルックス、リンデロンV(VG)、ベトネベート、フルコート、プロパデルム、エクラー |
4群:おだやか | キンダーベート、ロコイド、アルメタ、ケナコルト、レダコート、ロコルテン、リドメックス |
5群:弱い | デクタン、プレドニゾロン、コートリル、コルテス |
★ 1群〜3群は主に体幹、4群は顔や頚部、5群は目のような皮膚の弱い部位。
★ 乳幼児では、大体3群〜4群で間に合います。