赤ちゃんにとっては、とても怖い病気です。
百日咳は、百日咳菌という細菌が感染して起こる病気です。百日咳に罹ると、苦しい咳が長く続きますが、乳幼児では肺炎や脳症を併発して重症になることもあります。百日咳は、年令に関わらず誰でも罹ります。従来は、1才未満乳児に多く見られましたが、年長児や大人の百日咳も増えています。
最近の統計では、1才未満乳児:13.6%、10〜14才:15%、20才以上:38.2%と、むしろ年長児や大人の方が多く見られるようになってきました。
百日咳は、五種混合ワクチン(以下、五混)や四種混合ワクチン(以下、四混)で予防できますが、五混や四混を接種しても年月が経つにつれワクチンの効果が減弱して、罹ってしまうことがあります。
百日咳に罹ると、長期にわたり、「発作性けいれん性咳そう」という「特徴のある咳」が続きます。この様な咳が見られるようになると診断がつきますが、年長児や大人では、「特徴のある咳」が見られず、百日咳と診断がつく前に周囲へ感染を広げてしまうこともあります。
百日咳は、診断が難しく、「長引くカゼ、副鼻腔炎(蓄膿症)、喘息、結核、などの疑い」で、治療されている場合もあります。
赤ちゃんにとっては、とても怖い病気です。しかし、五混、四混で予防する事ができますので、生後2ヶ月になったらすぐ、五混または、四混を接種しましょう。
百日咳の咳は、大変特徴的です。気管支がけいれんするような咳です。一度聴けばまず忘れません。どの様な咳かというと、
@.まず、短い間隔で咳が連続的に出ます(エホ、エホ、コン、コン、という咳:スタッカートと言います)
A.続いて、急に息を吸い込んで、笛の音のような音が聞こえます(ヒュー、という呼吸音:フーピングと言います)
・このフーピングが、百日咳の咳の一番の特徴です。喘息発作では、息を吐く時にヒューという呼吸音が聞こえますが、百日咳では、息を吸い込みながら、ヒューという呼吸音が聞こえます
・@.〜A.のような咳そう発作を繰り返すことをレプリーゼと言いいます。「発作性けいれん性咳そう」という表現がわかりやすいと思います。とても特徴のある咳そう発作です。この咳そう発作は、数分〜30分も続くことがあります。しばしば、嘔吐を伴うことがあります。
・この「発作性けいれん性咳そう」が、見られれば診断は簡単ですが、乳児(特に生後6か月未満)では、気管支が弱く、息を吸い込む力が弱いため、スタッカートやフーピングのような「発作性けいれん性咳そう」が聴かれません。「よく咳をする」くらいにしか思えないこともあります。
また、年長児や成人でも、「発作性けいれん性咳そう」は、見られません。「咳が長く続いて不愉快」というくらいの症状しか見られず、年長児や成人では、「特徴のない咳が特徴」かもしれません。
「発作性けいれん性咳そう」が、よく見られる年令層は幼児ですが、これとて罹ったからといって全員に見られるわけではなく、症状だけから百日咳を診断することは難しいことが多いです。
百日咳に罹ったからといって、すぐ「発作性けいれん性咳そう」が見られるわけではありません。百日咳の臨床経過は、カタル期、痙咳期、回復期の3期に分けられます。
1.カタル期(約1〜2週間)
百日咳に罹ってから、症状が出るまで、1〜2週間くらいかかります。この期間を潜伏期間と言って、まだ何も症状が見られません。潜伏期間が過ぎると、ふつうのカゼ症状が見られるようになりますが、次第に咳が強くなってきます。咳が始まってから2週間くらいの間がもっとも感染力が強いのですが、この時期では、まだ、レプリーゼは見られませんので、百日咳かどうかはわからず、周囲の人たちに感染を広げているかもしれません。
2.痙咳期(約2〜3週間)
この時期になりますと、百日咳の特徴的な「発作性けいれん性咳そう」が、見られるようになってきます。顔を真っ赤にして咳き込み、特に夜間に激しく咳き込みます。時として、呼吸が止まりそうになることもあります。発熱はあまり見られません。もし、高熱が続くような時は、肺炎を合併しているかもしれません。この時期が一番辛い時期です。しかし、「発作性けいれん性咳そう」は、幼児にはよく見られますが、乳児(特に生後6ヶ月未満)や年長児や大人では見られませんので、百日咳とわからないまま治療を受けていることもあります。
3.回復期(2〜3か月)
約2〜3週間続く痙咳期が過ぎると、咳そうは軽くなりますが、時々「発作性けいれん性咳そう」は見られます。この時期は、いつまでも咳が止まらないという状況です。大体2〜3か月くらいで咳は少なくなりますが、百日咳にかかれば、向こう半年くらいは、カゼをひいた時などに咳こみが強く見られることがあります。
百日咳の抗体は、母親から十分に移行しないため、生後2か月の赤ちゃんでも百日咳に罹ります。また、乳児(特に生後6か月未満)では、前述したように「発作性けいれん性咳そう」があまり見られずに、突然、呼吸が止まりそうになったり、顔色が悪くなったり(チアノーゼ)、痙攣を起こしたりする事があります。この月令が一番要注意です。
また、百日咳は、咳が長く続くだけではありません。乳幼児では、肺炎(20%)や脳症(0.5%)を合併し危篤状態に陥ることもあります。
年長児や成人では、概ね軽症で、あまり大きな合併症はありませんが、咳が長く続くことによって不眠や日常生活に支障をきたす場合があります。また、自分自身が百日咳に罹っている事を知らないで、周囲の人に移していることもあります。大学の集団感染がそのよい例です。重症化しやすい乳幼児のいる家庭では、特に注意が必要です。
百日咳の診断は難しいです。感染症の一般的な診断は菌の存在を調べればいいわけですが、直接百日咳菌を見つけることは難しく、一般的には行われていません。
よく行われる検査は、抗体(免疫)を調べることです。百日咳に罹ればその抗体ができますから、抗体ができているかどうかを調べます。
百日咳が産性する毒素には、百日咳毒素(pertussis toxin:PT)、線維状赤血球凝集素(Filamentous hemagglutinin:FHA)、凝集原(Fimbriae:Agglutinogen)、気管細胞毒素(Tracheal
cytotoxin:TCT)、アデニル酸シクラーゼ毒素(Adenylate cyclase toxin:ACT)、内毒素(Endotoxin:ET)、など多くの種類があります。
これらの毒素に対する抗体を調べて、抗体ができていれば百日咳と診断できます。凝集原はいろいろありますが、百日咳毒素(PT)に対する抗体(PT抗体)が一番正確です。採血してPT抗体が上昇していれば百日咳と診断できるわけですが、ちょっと問題があります。
★ 1回だけの検査「単血清」では、わかりにくい。
百日咳に罹ってもすぐに抗体が上がるわけではなく、カタル期や痙咳期に採血しても、まだ、抗体が上がっていないことが殆どです。少し時間がたってから抗体が上がるわけですから、この上がり具合をみて診断します。
★ そこで、対血清(ペア血清)が必要になります。
痙咳期(または、カタル期)と回復期にそれぞれ採血して抗体の上がり方を比べる方法がよく用いられます。これに対して、1回だけの検査で診断することを「単血清」といいます。
すなわち、抗体が、カタル期、痙咳期と比べて、回復期に著しく上がっていれば、百日咳と診断できるわけです。しかしながら、この場合、痙咳期にハッキリとした「発作性けいれん性咳そう」があれば、百日咳を疑って採血しますが、年長児や成人ですと、症状がハッキリしませんから、百日咳を疑う事が難しく、カタル期、痙咳期での検査が行われないことが多いです。
そうしますと、「いつまでも咳が止まらない」と訴えて受診してくる回復期1回だけの検査になることが多く、仮に回復期で抗体が上がっていても、カタル期、痙咳期と比べてどの程度上がっているのか判断できません。さらにワクチン被接種者の場合はある程度抗体があるわけですから、どの程度から抗体が上がっていると判断するのか?難しいです。回復期1回だけの検査でも、非常に高値であれば百日咳と診断できる場合もありますが、一般的には1回だけの検査では診断が難しいと言うことになります。
★ 百日咳診断の手順
→ 抗体を検査すればわかるが、痙咳期(または、カタル期)と回復期に、それぞれ採血して抗体の上がり方を比べて診断しなければならない(対血清)。
→ しかし、カタル期、痙咳期がハッキリしない年長児や成人では、百日咳が疑われずに検査されないことが多い。
→ 「いつまでも咳が止まらない」と訴えて受診してくる回復期になってから、百日咳を疑って抗体を調べても、すでにある程度上がっている。
→ 比較対照がないため、本当に抗体が高値かどうか判断できない。ワクチン被接種者ではさらに複雑になる。
というわけで、百日咳の診断は、難しいのです。
現在は以下のような診断基準になっています。PT抗体が対血清で2倍以上の上昇で、百日咳と診断します。単血清のPT抗体の場合は、100EU/ml以上あれば、かなり百日咳が疑わしいですが、これとて絶対的な基準ではないです。やはり、対血清による診断が正確です。
百日咳の診断基準 | ||||
PT抗体 | 四混未接種者 | 10EU/ml以上 | ||
四混被接種者または不明 | 単血清 (参考)100EU/ml以上 | |||
対血清 2倍以上の上昇 |
現実的には、「発作性けいれん性咳そう」が見られれば百日咳を疑います。しかし、見られない時は、「ハッキリした原因がわからずに2週間以上も続く咳、嘔吐を伴う咳、夜間に増強する咳、真っ赤になって咳き込む咳、痰が少なく乾いた咳、周囲に百日咳に罹った人がいる。」ような場合に百日咳を疑って検査します。
余談ですが、百日咳には、無症候性キャリア(百日咳菌を保有していても症状が出ない人)は殆ど存在しません。罹れば、殆ど咳をして人に移します。十分な抗体があれば感染は防げますが、百日咳の抗体は、一度罹っても2〜5年で感染防御に不十分な程度まで下がってしまいます。従って一生繰り返し感染する事によって、どの年令層でもある程度の抗体を持っています。これが、診断を難しくしている理由の一つです。
以上、長々と複雑な検査のお話をしてきましたが、百日咳の検査が簡単にできることではないとご理解いただけたと思います。しかし、医学の進歩のおかげで、現在はこのような血清診断以外の方法でも百日咳と診断できるようになってきました。
百日咳菌のDNAを直接検出するLAMP法という検査です。この検査は採血ではなく、咽頭スワブ(ぬぐい液)を検出しますので、採血で何回も痛い思いをしなくてすみます。LAMP法では、咳嗽出現から3週間、乳児やワクチン未接種者では4週間まで百日咳菌のDNAを検出することが出来ます。つまり、血清診断よりも早く、簡単に、痛い思いをしないで、診断できると言うことです。多くの医師達が百日咳の診断に苦慮してきた時代を考えると、画期的な検査です。
マクロライド系抗生物質が有効です。エリスロマイシン、クラリスロマイシン、などが効きます。カタル期に開始すれば痙咳期に進行せず、軽快させることができますが、カタル期に百日咳の診断をつけることは難しく、痙咳期からの治療になることが殆どです。この時期から飲んでも「発作性けいれん性咳そう」は、治まりませんが、除菌効果(百日咳菌を体外に排出するはたらき)は、期待できます。内服期間は2週間くらいです。
保育園・幼稚園・学校は、「発作性けいれん性咳そう」が取れるまでは休ませることになっていますが、百日咳菌自体は内服5日間で除菌できますので、それを考慮します。
一般的な咳止めはまず効きません。強い咳止めの中には、呼吸抑制作用がある薬品もあり、乳幼児に使用すると呼吸停止することがありますので、使用すべきではありません。市販薬に含まれているリン酸コデインなどがこのような薬です。百日咳に限らず、この薬は内服しない方がよいです。
五混、四混で予防することが最善です。現在、五混、四混は、乳幼児期に4回接種されており、十分な抗体を獲得することができます。しかし、年月が経つにつれて次第に抗体が低くなってくるため、。年長児や大人の百日咳が増えているといわれています。このため、追加接種が必要とされています。
現在、小学校6年生で百日咳を抜いた二種混合ワクチン(破傷風+ジフテリア)が接種されていますが、これを三種混合ワクチン(破傷風+ジフテリア+百日咳)に変更する案が検討されています。