麻疹は、【命に関わる】重症な疾患です。
麻疹(はしか)は、時として、命に関わる大変重症な病気です。日本では、麻疹は「子どもの命定め」、フランスでは、「子どもの自慢は麻疹が済んでからするように」と言われていました。おじいちゃん、おばあちゃんたちは、麻疹の怖さをよく知っていると思いますが、若い世代の方々は、麻疹の名前くらいは知っていても、実際にみたこともない方が、殆どだと思います。
幸い麻疹ワクチン(現在は、麻疹・風疹混合ワクチン)が普及したおかげで、麻疹の患者さんは激減しました。国内に由来する麻疹ウイルスによる感染が確認されなくなり、<日本は麻疹の排除国>となりました。
しかし、散発的ではありますが、麻疹の患者さんは発生しています。これは、海外で麻疹に感染した人が、そのまま日本国内に麻疹ウイルスを持ち込んだ結果によるものです。国内で感染する人たちの多くは、ワクチンを全く受けていなかったり、1回しか接種していなくて長い年月を経過していたり、という場合がほとんどです。
麻疹は、春〜夏に流行しやすく、とても伝染力が強いため、アッという間に流行します。ワクチンが唯一の予防法ですので、1才になったら、すぐワクチンを接種しましょう。(忘れないように、カレンダーの1才の“お誕生日に麻疹・風疹混合ワクチン”と書いておきましょう)
麻疹は、麻疹ウイルスによっておこる発疹性の急性疾患で、次のような臨床経過をたどります。
@.潜伏期間:ウイルスに感染した後、約10〜12日間の潜伏期間があります。
A.前駆期(カタル期):まず38〜39゜の熱がでて、鼻汁、咳、白目が充血し、目やにがでる、などの症状が現れます。この時期を前駆期(カタル期)といいます。
B.コプリック斑:これらの症状に引き続いて、発疹が出現してきますが、発疹出現の1〜3日前に、頬の内側にコプリック斑という粘膜疹が、みられます。このコプリック斑は、麻疹患者の90%以上に見られますので、発疹出現前の早期診断に役立ちますが、2〜3日間で消失します。
C.発疹期:カタル期の高熱は、コプリック斑が見られるころに少し低下しますが、再び高熱がみられるようになり(この発熱パターンを2峰性発熱といいます)、同時に麻疹特有の発疹が、耳介後部、頚部より出現し、24時間以内に顔面、上肢、胸部に広がります(この時期を発疹期といいます)。
発疹出現後2日目には、背部、腹部、下肢にも広がっていきます。発疹3日目には、足に達しますが、その頃には、顔面の発疹は薄くなってきます。
D.回復期:発疹の性状は、初めは、円形、卵円形の紅斑ですが、やがて融合して、不規則な紅斑になります。健康な皮膚との境界は明らかで、色は淡紅色から暗色となり、日数がたつにつれて、色素沈着といって、暗赤紫色の発疹に変わっていきます。(回復期)
この高熱や発疹は、1週間くらい続いて、その間、食欲不振、不機嫌、ひどい咳が続きます。完全に治るまでは、次に述べる合併症がない場合でも、10日間〜2週間くらいかかります。また、抵抗力の弱い人は、生命が脅かされる場合もあります。
〜とても、おそろしい病気なのです。〜
以上、麻疹の経過を概説しましたが、普通のカゼとどう違うの?という疑問はありませんか?普通のカゼとは全然違いますが、字面を追っていくだけではピンとこないかもしれませんね。
実際に患者さんを診ているつもりで、臨床経過をみてみましょう。
@.潜伏期間:この時期は、まだ何も症状がみられません。麻疹の人と接触して約10〜12日間の間です。インフルエンザのように接触後1〜2日で症状がみられる事はありません。この時期に受診する人はいませんね。
A.前駆期(カタル期):発熱、咳嗽、鼻汁などのカゼ症状がみられるようなって患者さんは受診します。この時期には、まだ発疹はみられません。一見普通のカゼみたいにみえます。医師が麻疹かな?と疑う時は、まず、約10〜12日前に麻疹の人と接触していないか?麻疹の流行地に行かなかったか?ワクチンを接種しているか?ということを確認します。
発熱は38度以上で普通のカゼと区別がつきませんが、咳嗽は強く、咳のない麻疹はないといってもいいくらいです。また、鼻汁と眼脂(目やに)が目立つのも麻疹には特徴的です。この症状は3〜4日間続きます。
この段階では見た目では麻疹の診断がつきません。インフルエンザのような簡単な検査キットはありません。血液で麻疹の免疫(IgM抗体)を調べることは出来ますが、この検査は当てになりません。
※ 参考までに、
麻疹の遺伝子を調べる検査(PCR法)が一番有効です。患者さんの検体(咽頭拭い液、血液、尿)を採取して調べます。この検査は、厚労省が麻疹撲滅のため、保健所を中心に行われるようになってきました。医師が麻疹を疑われる患者さんを診た場合、保健所に連絡して、PCR検査キットを持ってきてもらい、診療所で患者さんから検体を採取する仕組みになっています。
大変良い方法ですが、いくつか問題もあります。患者さんには保健所からキットが届くまでの間、診療所で待機してもらうことになります。麻疹の感染力を考えると麻疹が疑わしい人を小さな診療所ににとどめておいて良いのか?他の人に感染させはしないか?また、検体は、咽頭拭い液、血液、尿の3つが必要です。成人ならともかく、乳幼児であれば採血は困難な場合もありますし、尿はいつ出るかわかりません。
今後、麻疹のPCR法は検討、改良を重ね、一般的に普及していくものと思われます。
B.コプリック斑:カタル期のカゼ症状は3〜4日間続いた後、ちょっと熱が下がり、少し落ち着きそうに見えます。このときに、頬の内側にコプリック斑という白い粟粒のような粘膜疹がみられるようになります。これは麻疹に特徴的な所見で、PCR法のような検査がない時代には唯一の診断根拠でした。多くの場合、コプリック斑を確認して麻疹と診断します。
C.発疹期:このまま治るのかな?と思ったら、前よりもひどいカゼ症状が再燃し、何やら怪しげな赤い発疹が首の後ろのほうから出始め、瞬く間に顔面、上肢、胸部に広がります。ここまできて、麻疹の全ての症状が揃いました。そして、ここからが麻疹の本番が始まります。発熱、咳嗽、鼻汁、眼脂、発疹、全身倦怠感といった辛い症状が延々と4〜5日間くらい続きます。インフルエンザは薬なしでも、発熱期間はせいぜい5日間くらいです。麻疹は1週間以上続きます。いかに麻疹が恐ろしい病気か、おわかりいただけたと思います。
D.回復期:全身に広がった発疹はやがて融合して暗赤紫色の発疹となり、徐々に消失しながら、やっと、治癒にむかいます。
大体このような経過をたどります。
@.クループ(喉頭炎):のどの奥の喉頭という組織が炎症をおこします。軽いクループは、麻疹によくみられますが、時に重症化すると、著しい呼吸困難がみられることがあります。
A.肺炎:麻疹の真っ最中に合併するだけでなく、麻疹が治癒したかに見えた後にも重症な肺炎がみられることがあります。(麻疹後肺炎といって、たちが悪い→重症化しやすい)
B.脳炎:発疹出現後2〜7日くらいで、発生することが多く、頻度は麻疹患者1.000人に対して、0.5人〜1.0人くらいです。発熱、頭痛、嘔吐、けいれん、昏睡、などの症状がみられます。
C.亜急性硬化性全脳炎(SSPE):麻疹罹患後に、体内でウイルスの持続感染がおこると脳細胞が傷害されて、言語障害や、行動異常が見られるようになります。麻疹患者10万人に1人くらいの割合で発症し、麻疹罹患後、約7年くらいしてから発症します。
特効薬はありません。対症療法(それぞれの症状を和らげる治療)と細菌の2次感染による合併症の治療が中心になります。→だから、ワクチンが大切なのです。
麻疹ワクチン:これに勝るものはありません。ワクチン接種で、感染予防に必要な抗体が、95%〜98%にできます。→有効率95%以上ということです。
麻疹ワクチンは、従来1回接種すると終生免疫(一生続く免疫)が得られると考えられていました。ところが、ワクチンを接種したにもかかわらず麻疹に罹る人がみられるようになってきました。その多くは、成人の方々です。なぜでしょう。
原因の1つは、ワクチン1回接種では、わずかではありますが、十分な免疫ができないことがあるためです。もう一つの原因は、接種後、年数が経過するにつれて、免疫が弱まるためと考えられています。
現在は、ワクチンが普及したおかげで、麻疹の大流行というものは殆どみられなくなりました。しかし、昔は、全国的に大流行することがよくありました(小児病棟の入院患者の半分以上が麻疹などということもありました。)。当然の事ながら、ワクチンを接種した人たちは、大流行があっても麻疹に罹ることはありません。
しかしながら、ワクチンを接種していても、“かる〜く”罹ることはあります。この自分でも気づかないくらいの“かる〜く”罹ることにより、さらに免疫が高まっていくのです。ワクチンが普及したおかげで、麻疹の大流行がなくなったのは、大変よいことですが、その反面、ワクチン接種した人たちの免疫がさらに高まる機会も失われてしまいました。その結果、年令が進むにつれて、ワクチンでつくられた抗体が弱まり、麻疹に罹る人がみられるようになってきました。
結論:麻疹・風疹ワクチン2回接種(1回目:1才になったらすぐ、2回目:小学校入学1年前)が必要です。2回接種の意味は、
@.1回接種では、十分免疫ができなかった場合を考え、2回接種の機会を設けています。
A.1回接種では、加齢とともに免疫が低下するので、追加接種により十分な抗体を得る必要があります。
現在、国内発生の麻疹はみられなくなりました。最近の麻疹は、海外から持ち込まれてきたものばかりです。今後、さらに国際交流は進むでしょうから、きちんと2回ワクチンを接種しましょう。
※ 本文中の写真は日本小児感染症学会よりご提供いただきました。