診断と治療
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 インフルエンザ治療の革命

 人類の長い歴史において、インフルエンザの治療は、対症療法のみでした。  

 対症療法とは、直接の原因を治す(フルウイルスの増殖を防ぐこと)のではなく、今みられる症状に対して一時的に症状を和らげる治療です。つまり、熱があれば、使いすぎないようにといって解熱剤を処方し、元気がない、食欲がなければ、点滴を連日行い・・・。体力(免疫力)の回復を待つというものです。

 体力のある人は回復しても、弱い人はいつまでも具合の悪い状態が続きます。このように、対症療法のみの時代は、多くの人がインフルエンザに苦しんできました。

 1999年に検査キットが、また、2000年にリレンザ、2001年にタミフルが発売されるとともに、インフルエンザ治療は大きく変化しました。それは、インフルエンザの診断が容易になり、インフルエンザに効く薬ができたことに他なりません。

 早期診断早期治療ができることによってインフルエンザ治療は飛躍的な進歩を遂げました。まさに、“インフルエンザ治療の革命”でした。


 インフルエンザに効く薬:抗インフルエンザ薬(ノイラミニダーゼ阻害剤)→タミフル、リレンザ、ラピアクタ、イナビル 

 現在、抗インフルエンザ薬として、タミフル、リレンザ、ラピアクタ、イナビルの4種類があります。

 タミフルは内服薬、リレンザ、イナビルは吸入薬、ラビアクタは注射薬です。抗インフルエンザ薬は素晴らしい薬で、タミフル、リレンザが発売された時、“人類が初めてインフルエンザより優位な立場に立つことができた”と、言われたほどです。

 タミフル、リレンザが発売されてから、およそ20年経過し、さらに、新しい薬も発売されています。治療に関して、多くの選択肢を持つことは大変心強い事ではありますが、半面、どの様な使い分けをしたらいいのか、チョット、とまどいもあります。

 ラピアクタは点滴静注です。適応年令は成人となっていますが、薬の量を調整して小児でも使用できます。点滴ですから速効性です。しかし、点滴しなければなりませんので痛みを伴います。小さいお子さんには不向きかと思いますが、薬が飲めない場合とか、とにかく早く治したいという場合には適しています。

 リレンザ、イナビルは吸入薬です。リレンザは1日2回吸入x5日間ですが、イナビルは1回吸入で済みますので、リレンザよりも楽です。しかし、1回吸入ですので、うまく吸入できないと不安が残ります。その点では、複数回吸入のリレンザの方が安心できるかもしれません。

 リレンザは小児も成人も吸入回数は同じですが、イナビルは小児では吸入量を調整しています。上手く吸入できれば、幼児でも使用可能と言うことです。とは言え、乳幼児が上手く吸入できるとは思えませんので、やはり、リレンザ同様5才以上くらいからが適応のように思われます。

 タミフルは、年令にかかわらず使用できますが、B型に対してはやや効果が劣る場合があります。

 以上より、どれを選択するか、迷いますが、年令だけで考えれば、下表のようです。幼児ではやはり、飲みやすいタミフルが主流でしょう。どうしても飲めない場合とか、とにかく早く治したいという場合は点滴のラピアクタでしょうか。


  タミフル  リレンザ  ラピアクタ  イナビル 
0才〜1才未満
1才〜5才未満
5才〜10才未満
10才〜15才未満
15才〜20才未満
20才以上

 ○は、お勧め。 △は、ケース・バイ・ケース。


 インフルエンザは人の細胞内で増殖しますが、多くのウイルスが鎖でつながって増殖します。ちょうど納豆のようになっていると思えばよいです。このままでは細胞外にでることができないため、つながっている鎖を切って、細胞外に出て行きます。この鎖を切るハサミの働きをする物質がノイラミニダーゼ(NA)という酵素です。ウイルスが細胞外にでるのを防ぐには、この鎖が切れないように、つまり、ノイラミニダーゼ(ハサミ)を働かさせなければよいのです。

 タミフル、リレンザ、ラピアクタ、イナビルは、このノイラミニダーゼの働きを阻害する事によって、ウイルスが細胞外に出ることを防ぎます(ノイラミニダーゼ阻害薬といいます)。しかし時間とともにウイルスは増殖しますので、ウイルスがあまり増殖しないうちに使用するのが効果的です。

 インフルエンザウイルスは、症状が出てから、48〜72時間で最も数が多くなります。ですから、ウイルスが最大量に達する前に、つまり、症状が出てから48時間以内に使用して増殖を抑えれば、症状も軽くなり、短期間で治癒することができます。

 タミフル、リレンザで治療された患者さんでは、
@.4人に1人(25%)が12時間以内に症状が軽くなったと話しています。
A.また、60%の人が、24時間以内に解熱しており、
B.70%以上の人が3日以内に通常の仕事に復帰しております。
  
 早めの治療ほど効果的です。急に高熱がでて、う〜んと調子が悪いときは、長々と様子を見ることなく早めに受診しましょう。


 インフルエンザの新薬:アビガン、ゾフルーザ

 インフルエンザウイルスの増殖そのものを抑える新薬として、ファビピラビル(商品名アビガン)とバロキサビル マルボキシル(商品名ゾフルーザ)があります。

 従来のノイラミニダーゼ阻害剤(タミフル、リレンザ、ラピアクタ、イナビル)は、人の体内の細胞で増殖したウイルスが細胞外にでるのを阻止することによって効果を発揮しますので、ウイルスが大量に増えたあとでは効果が期待できません。

 インフルエンザウイルスの複製酵素をRNAポリメラーゼと言います。新薬は、このRNAポリメラーゼを阻害してウイルスの増殖を直接抑えますので、重症であったり、感染から時間が経っても効果があると言われています。

 アビガンは、現在使われているノイラミニダーゼ阻害剤(タミフル、リレンザ、ラピアクタ、イナビル)に対して無効あるいは効果不十分である新型、季節型インフルエンザウイルス感染症が発生した場合に備えて、2014年3月24日に、世界に先駆けて国内で承認されました。

 この薬はノイラミニダーゼ阻害剤が無効あるいは効果不十分と国が判断した場合に、初めて患者への投与が検討される薬です。したがって、直ちに医療機関向けに販売されるものではなく、厚生労働大臣から要請を受けて製造・供給等が行われる決まりになっています。

 この薬は、黄熱病や西ナイル熱にも効いたという報告があります。また、エボラ出血熱にも使用されました。そういうわけで単なるインフルエンザ治療薬としてだけではなく、大きな期待が寄せられているようです。

 一方、ゾフルーザは、2018年3月14日に発売されました。作用機序、効果はアビガンとほぼ同様ですが、アビガンが、<新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症(ただし、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分のものに限る。)>とされているのに対し、使用に関して厳格な取り決めはなく、通常のインフルエンザにも使用できますし、一般の医療機関でも処方出来ます。

 アビガンもゾフルーザも従来のノイラミニダーゼ阻害剤と比べて、インフルエンザウイルスの体内消失が早いようです。となると、学校での欠席日数にも変化が見られるようになるかもしれません。ただ、アビガンは(小児等に対する投与経験はない。)と添付文書に記載されており、原則として成人のみ5日間処方です。これに対し、ゾフルーザは1日1回の経口投与で治療が完了し、体重10kgの小児から処方出来ます。

 こうしてみると、アビガンは制限があり使いにくいですが、ゾフルーザは使いやすいように思えます。しかし、チョット問題もあります。ゾフルーザ投与患者の成人の約1割、小児の2割以上において熱が下がるまでの期間に、「耐性ウイルス」が出現していると言う報告があります。「耐性ウイルス」とは、ウイルスの性質が変わってしまい薬が効かなくなったウイルスのことです。(厳密には、全く効かなくなるというのではなく、効きにくくなるということです。)

 ゾフルーザを内服していても解熱しないという患者さんは殆どこれでしょう。その患者さんは、「治癒までの期間とウイルス検出期間が長くなる」ということも報告されています。成人の約1割、小児の2割以上の確率で症状を悪化させるというのは問題です。さらに、耐性ウイルスは「他人に感染させる期間が長い」とも言われており、ゾフルーザを使用するにあたって、非常に悩まされる問題の一つです。

 今後、新薬と従来のノイラミニダーゼ阻害剤との使い分けが議論されることになるのでしょう。


 診断は簡単→画期的な検査キット、しかし新たな問題も・・・。

 今は、検査キットですぐ診断ができるのが当たり前のようになりましたが、インフルエンザの検査キットが発売されたのは1999年のことです。

 それ以前は、「症状から見てインフルエンザと思われる。」という具合で、かなり診断が曖昧でした。ウイルス分離といって直接インフルエンザウイルスを調べる検査もありますが1週間くらいかかるため、結果がわかる頃には患者さんが治っているということもよくありました。

 診断キットと、タミフル、リレンザの出現により、早期診断、早期治療が可能になり、インフルエンザ治療の革命といわれるようになりましたが、新たな問題も出てきました。診断キットは、ある程度インフルエンザウイルスが増えてこないと陽性(ウイルスが見つかること)になりません。

 発熱と同時に陽性になるわけではなく、「発熱したばかりでは陽性率が低く、発熱後12時間以内では、ばらつきが多く、発熱後12〜24時間経過すると陽性率が高まる。」と考えるのが一般的です。

 ところで、抗インフルエンザ薬は、発症48時間以内に(つまり、あまりウイルスが増えないうちに)使うと効果があります。そうしますと、インフルエンザにかかったら、なるべく早く薬を使いたいわけですが、あまり早いとキットでは診断ができないという場合が出てきます。発熱後12〜24時間に検査してから薬を使用すればよいわけですが、インフルエンザは、発熱した段階でかなり重症です。(一度かかった人なら誰でもわかると思います。)この状態で何時間も待つのは大変です。

 診断キットは確かに有力ですが、これのみに頼ることなく、重症度、周囲での流行状況などから総合的に診断されるべきです。
 
 逆に、発熱した時点で、あまり重症でもないのに診断キットがあてにならないからといって、すぐ抗インフルエンザ薬を使用するのも問題があります。薬は乱用されると、必ず耐性ウイルス(薬の効かないウイルス)が出現します。タミフルの耐性ウイルスは、A型、B型のみでなく、鳥インフルエンザにもみられています。

 日本のタミフル消費量は全世界の60〜70%以上(注1)といわれています。耐性ウイルスの出現は日本に限ったわけではないのですが、やはり、使いすぎると出現しやすくなりそうです。インフルエンザ治療薬は、できるだけ確実な診断に基づいて使用されるべきです。

 タミフル、リレンザは治療薬として大変優れていますが、予防薬としての使用は制限が多く(注2)、予防という観点からは、ワクチンが第1選択と思います。ワクチンは、重症化を防いでくれます。また、ワクチンを接種した人の方が、接種しない人より治りが早い傾向が見られます。

 前述したように、発症直後ではインフルエンザの診断が難しいことも考慮すれば、やはり、インフルエンザ対策の第1選択はワクチンと思います。ワクチンで予防して、発症早期(48時間以内)に、抗インフルエンザ薬を使えば、罹病期間も短縮し、重症化を防ぐことができます。

注1
 日本のタミフル使用量が、異常に多いように報道されますが、医療制度の違いもあります。タミフルは高価な薬ですので日本のように保険制度が充実(?)している国ではよく処方されています。しかし、海外では一部の富裕層しか服用できない国もたくさんあります。

 ワクチンを積極的に行っている国では、あまりタミフルを使用しません。私の知り合いの先生が国際学会で某国へいった時、インフルエンザになったそうです。(検査キットを持参していきましたが、薬は忘れたそうです。)
 某国の医師にインフルエンザだから、タミフルを処方してほしいといったところ、「ワクチンを接種したか」と聞かれ、「接種してきた」と答えたら、「それなら大丈夫」といってタミフルは処方されなかったそうです。

 また、日本では、検査キットも世界で一番多く使われています。つまり、正確な診断の基に使われていますので、決して使いすぎということはないと思っています。ただ、一部の心ない(無責任な)医師が、はっきりとインフルエンザと診断もせず、患者にせがまれるままに、抗インフルエンザ薬を処方していることもあり、これについては大いに問題があると思っています。

注2
 インフルエンザに感染すると重症化したり合併症を引き起こす可能性の高い人(ハイリスク群)には、予防用にタミフルを使うことが承認されています。使用の対象となるのは、インフルエンザの患者と同居している人で、
 @.高令者(65歳以上)、
 A.慢性呼吸器疾患患者、又は、慢性心疾患患者、
 B.代謝性疾患患者(糖尿病など)、
 C.腎機能障害患者
ただし、予防のために薬を使う場合は、保険は適用されません。